最近世界女性デー関連の記事をいくつか読んだので、それについてここ1-2年思っていたことをメモしておく。タイトルは「女性」になっているけれど、たぶん性別とかは関係ない。
なにがしかのライフイベント(という表現も好きではないけれど)に対して「働き続けるか、辞めるか(あるいは転職するか)」という選択肢が基本になってしまうのは、選択肢の貧困なような気がする。いちおう「時短勤務」というオプションもあるようだけれど、時短勤務をしていない人からの怨嗟の声も見たりする。とくにこの辺りの問題は、それぞれの人はそれぞれにできることを模索しているわけで、なんとかならないものだろうか、と思う。
面倒なことの根っこには、それこそ「メンバーシップ型」の就労構造があるのだと思う。「仕事」というまとまった何かがそこにあって、それを「組織の全員」でなんとかする、という方式(役割分担はないわけではない)。こういう感じになっていると、誰かが休んだり時短勤務になったりすると「こちらがこんなに頑張っているのに、あいつだけ楽しやがって」みたいなことが起きうると感じる。
それと並行して起きているであろうことは、「顧客満足」の名のもとに無形の(あからさまに現れない)サービスに対する要求がすごく高くなっていることだと思う。そもそも、現代日本の「サービス」が、メンバーが昼夜問わず働けるし、反応できる、という前提で作られている。そうでなければ自社の「価値」(金銭的には価値は発生していないが)を実現できない、というのが、たいていの会社の理念に組み込まれているような気がする。こうなってくると、時短勤務なんかは(たとえ規則上認められていたとしても)会社に対する背信行為になる気がする。まあもちろん、特定の文脈では速さは重要なのだけれど、「いつでも重要」というような暗黙の了解があるところに息苦しさを感じる。終身雇用の安定と引き換えに、サービスのコストをメンバーに押し付けているだけなのではないか。
そんなわけで、「ライフイベントやら何やらに応じて、同じ組織で柔軟に働き方を変えていく」というコンセプトを理想とするなら、戦後日本の強みをほぼ否定するレベルの変革が必要になる気がする。
1. 会社(組織)が周囲に対して提供する価値について、自らできる限り明示的に定義する。それらの価値を個々の業務の単位でできるだけはっきり切り分けて、メンバーのそれぞれに対して「どの価値を」「どの範囲で」実現することを要求するか、明示する。メンバー間では、業務をできるだけ疎結合にする(職責の分離)
2. メンバーの評価は、つねに職責ベースでおこなう。極端な話、姿を全く見なくても、その職責が十分に全うされているなら評価するべき、ということ。これとは別に、報酬の増減も(ベースアップみたいなのは別にして)職責の増減の形で行う。
3. そうすると、たぶんメンバーの流動性は必然的に高まると思う。チーム側がメンバーの職責に合わせて雇用条件を柔軟に変えられるよう、雇用契約(解雇のしくみ)自体ももっと柔軟にできたほうがいい。
4. 現行の社会保障の仕組みも、企業などが直接雇用する人数を減らす要因になっていると思う。職責の量がそのままなのに人数の増減によって負担が増減することがないように、もうすこし柔軟な方式に組み替えられないか。健康保険や年金の仕組みも、雇用条件や勤務先の変動によって不必要に複雑化したり大きく変動したりしないよう、より一元的な仕組みを設けたほうがよいのではないか。
しかしこのあたり、どう進めていけばよいのやら。このへんを全部一気に変えようとすると色々なショックが生じそうだが、かといって少しずつでも過渡期の歪みが許容できなさそうな気がして、とても難しい。